東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10924号 判決
原告 広沼建設株式会社
右代表者代表取締役 広沼勇吉
右訴訟代理人弁護士 劉増銓
被告 岩田泰治
右訴訟代理人弁護士 海地清幸
右訴訟復代理人弁護士 小倉正昭
主文
一 被告は原告に対し、金二九万八三〇五円と、これに対する昭和四五年七月一六日から支払ずみまで、年五分の金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金四六七万一八〇五円と、これに対する昭和四五年七月一六日から支払ずみまで、年五分の金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は被告の注文により、昭和四四年一〇月四日、東京都杉並区方南町二丁目二〇番一四号所在の土地(以下本件土地という)に、五階建マンション(以下本件建物という)を建築することを、着工同年一二月四日、完成翌年七月一四日、請負代金七八七〇万円の約定にて請負った。
2 しかるに被告は、本件建物の建築着工に不可欠の建築確認書を原告に交付すべきであったのにこれを交付しないので、原告において本件工事に着工できないまま、着工予定期日を徒過した。
3 そこで原告は被告に対し、昭和四五年六月九日到達の書面をもって、同年七月一五日までに右建築確認書を原告に交付するよう催告するとともに、もし右期限までに交付しないときは、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
4 原告は被告の右債務不履行によって、次の積極的損害を被った。
(一) ハイヤー、タクシー等交通費 三万八七〇〇円
(二) 日本閣における会食費 二万二七〇五円
(三) 契約書製本代 五四〇〇円
(四) 青写真プリント代 五〇〇〇円
(五) 担当社員人件費 三五万円
(六) 見積書作成経費 二五万円
(七) 交際費、印紙代、事務雑費等 一五万円
(八) 現場代理人人件費 三〇万円
(九) 仮設機械器具整備費 二五万円
(十) 同右保管費 四五万円
(十一) 下請手配損費 二五万円
(十二) 鉄筋注文流しによる損害 二〇万円
(十三) 仮枠材料保管費 四〇万円
5 原告は、本件請負工事が予定どおり竣工したならば、金一四〇〇万円の利益を得られたはずであった。
6 原告は、被告が林敬治に支払うべき本件建物の設計図面作成費金四〇〇万円のうち、金二〇〇万円を被告に代って林に支払った。
よって原告は被告に対し、被告の債務不履行による損害金一六六七万一八〇五円のうち、積極的損害金二六七万一八〇五円と、立替金二〇〇万円ならびにこれらに対する催告解除の翌日である昭和四五年七月一六日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は否認する。被告が本件建物の建築工事を注文した相手方は三菱産業株式会社(以下三菱産業という)であって、原告は三菱産業の下請会社にすぎず、被告と原告の間に直接の契約関係はない。被告を注文者とし原告を請負人とする本件契約書は、なんら権現のない三菱産業の従業員が被告の印章を冒用して作成したものである。
2 請求原因2の事実のうち被告が原告に建築確認書を交付すべきであったとの点を否認し、その余は認める。
3 請求原因3のうち、書面の到達は認めるが、その余は争う。
4 請求原因4、同5、同6の事実はいずれも否認する。
三 抗弁
本件建築工事の建築確認が得られなかったのは、建築設計図が不備なことに基因するが、右設計図は環境設計事務所が作成したものであるところ、同事務所の一級建築士は原告会社の役員であり、同事務所と原告とは実態は同一であるから、原告会社はこのように自己の役員である設計士が作成した右設計図の不備を当然知っていたはずであり、従って本件建築確認を受けられなかったことの責任は被告にはない。
四 抗弁に対する認否
本件建築工事の建築確認が得られなかったのが、設計図の不備に基因することは認める。その余の抗弁事実は否認する。
本件建物の建築確認を得られなかったのは、被告から設計を依頼された三菱産業の林敬治が作成した本件建物の設計図に建ぺい率違反の不備があったためである。
第三証拠≪省略≫
理由
一 (本件契約の成立)
≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、被告はかねてより本件建物の設計監理を三菱産業に依頼していたものであるが、昭和四四年一〇月四日、都内東中野所在の「日本閣」において三菱産業の社員林敬治および同会社から本件建物の意匠設計図作成を請負っていた環境設計研究室(以下環境設計という)代表者川瀬篤美らの立合いのもとに、被告を注文者とし、原告を請負人とする本件建物の建築工事請負契約について概括的な合意をしたうえ、着工昭和四四年一二月四日、完成翌年七月一四日、請負代金七八七〇万円と定めて本件契約書を作成した事実が認められる。≪証拠判断省略≫
二 (債務不履行)
≪証拠省略≫に、当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。すなわち、被告は昭和四四年六月二一日、本件建物の設計監理業務を三菱産業に委託した。そこで三菱産業は基本設計図を作成し、意匠設計を環境設計に依頼した。ところが、右三菱産業の作成した基本設計図が、本件土地の実測を誤った資料のもとになされてしたため、建ぺい率に違反する結果となり、そのため東京都の建築確認を得ることができなかった。しかる後、三菱産業と環境設計の間で再設計の話し合いが行なわれたが、両者の折合がつかず、再び設計図が作成されることなく、従って本件建築確認を得ることのないまま、着工予定期日を数ヶ月も徒過した。そのため原告は被告に対し、昭和四五年六月九日到達の書面をもって本件建築確認書の交付を催告するとともに、同年七月一五日まで右交付なき場合は本件契約を解除する旨の意思表示をした。以上の事実が認められ、(ただし右催告ならびに解除の意思表示を記載した書面が被告に到達したことは争いがない。)右認定を覆すに足りる証拠はないところ、右認定事実によれば、被告は原告が本件建築工事をなすにつき、建築確認書を交付して原告の本件建築工事着工に協力すべき本件請負契約上の義務があるのに、被告もしくは被告の履行補助者である三菱産業は右義務に反し、設計過誤をそのまま放置して建築確認を受けることを怠たった事実が認められる。他方、被告の抗弁事実は本件全証拠によるもいまだこれを認めるに足りず、従って被告は本件請負契約の不履行責任を免れ得ないので、原告の右解除は有効と認められる。
三 (損害の発生)
≪証拠省略≫(ただし、≪証拠省略≫は、いわゆる出金伝票の用紙に記載されているが、いずれも出金の都度作成されたものではなく、原告会社の従業員が本件争訟の資料として提出すべく、被告の契約不履行による企業損害を推計して項目別に見積った計算書であることは、≪証拠省略≫を一見することによって明らかである)によると、請求原因4の各事項のために同記載の各出捐をしたこと、ないし計数上の原告主張の損失の推計をすることができる事実が認められる。しかしながら、右認められる各事項のうち、必ずしもそのすべてが本件被告の義務不履行に因る相当因果関係ある損害と認められるものではないことは、つぎの1ないし6のとおりである。
1 先ず、交通費のうち、「社長営業用交通費」につき、≪証拠省略≫記載の金額は、原告の社長の昭和四四年九月分から翌年二月分までの営業用交通費を、当時の原告が各所で工事をなすべき現場の数ないし工事量を勘案し、本件契約による工事量を総工事量の二〇パーセントにあたるものと概算し、その率をみぎ営業用交通費の全額に乗じたものであって、このような計算方法による数字は、あるいは原価計算上ないしは経営学上は本件契約の工事関係に帰せしめられる損失として首肯できるかもしれないが、本件の場合、前述のように請負契約は締結されても現実の工事は全く行なわれなかったのであるから、法律的には、右計算方法による数字をそのまま本件損害と認めることは困難であり、社長用交通費については、他にこれを本件損害と認むべき証拠がない。
2 原告は人件費(現場代理人人件費を含む)金六五万円の損害を主張するが、≪証拠省略≫によると、人件費の内容はいずれも本件契約関係を担当した従業員の給料であることが認められる。しかし、それらは本件契約の不履行に伴って当然負担せざるをえなくなるものではなく、むしろ原告会社と各従業員間の契約に基いて支出されるべきものであるから、本件契約の不履行と相当因果関係にある損害とみなすことはできない。成程、本件契約担当社員等は、本件契約が解除された為め、結果的には無駄な仕事をしたことにはなるが、原告はその仕事のためだけに臨時に当該社員を雇傭したものではないから、その無駄が即座に損害になるものではなく、本件契約の締結がなければその労力を振り向けるべき他の仕事があり、且つ本件契約のためその仕事を手に入れることができなくなり、更にその仕事をしたならば得るであろう利益の存在する場合にのみ、これを主張立証してはじめてその逸失利益の賠償を求め得るにすぎないのである。
3 見積書作成経費について
≪証拠省略≫によるも、本件契約において、現実に見積書を作成した者が原告であるか設計者たる三菱産業であるか定かでなく、甲第一一号証の見積書なるものも僅か三葉の極く簡単なものであり、≪証拠省略≫によれば、原告主張の見積書作成経費二五万円とは、契約金額に一定の百分率を乗じて算出した抽象的な金額に過ぎず、実費をあらわすものでないから、これをもって本件損害と認めることはできず、結局、見積書作成経費については、認むべき証拠がない。
4 仮設用機械・器具類等資材の保管費四五万円、仮枠材料保管費四〇万円については、≪証拠省略≫によるも、それが原告が他から借用して実際に支払った損料とは認められず、むしろ右資材類は原告の保有するものと認められ、したがって、当該資材類は保有者たる原告において当然に保管すべきものと認められるから、仮に本件契約による工事にあてるため、一定期間一定の場所で待機して、いわゆる「寝かせていた」としても、それをもって当然に本件契約の不履行と相当因果関係にある損害と認めることはできない。
5 原告はさらに、下請手配損費金二五万円、鉄筋注文流しによる損害金二〇万円を主張するが、≪証拠省略≫によると本件工事のために手配した下請労務および鉄筋は、そのまま他の工事に流用した事実が認められ、右認定によれば原告は本件契約が不履行に終っても、下請労務や鉄筋を手配したことによってなんら実質的損害を被ったと認めることはできない。≪証拠判断省略≫
6 印紙代を除く交際費、事務雑費等一四万円は、≪証拠省略≫によれば、これもまた会社の営業経費に一定の比率を乗じて算出した抽象的金額であり、これをもってそのまま本件損害と認め得ないことは、前記1 について述べたところと同じである。
よって、請求原因4の各出捐のうち、日本閣における会食費二万二七〇五円、交通費五二〇〇円、契約書製本代金五四〇〇円、青写真プリント代金五〇〇〇円、印紙代一万円、仮設機械器具等整備費二五万円以上合計金二九万八三〇五円の出捐が、本件契約の不履行によって原告が被った損害と認めることができる。
四 (立替金の支払義務)
≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。すなわち、環境設計が下請としてなした本件建物の意匠設計の料金は、ほんらいこれを依頼した三菱産業が環境設計に支払い、三菱産業はその意匠設計を含めた設計全般の料金を被告から請求すべきものであるが、原告と三菱産業との間で合意の上、原告が三菱産業に代って意匠設計料を環境設計に立替払し、その立替設計を原告が被告から請求することとした。そこで原告は三菱産業の林敬治に対し右意匠設計料を含めた設計料の一部として現金二〇〇万円を手渡した。しかし、以上の事実は、被告の全くあずかり知らぬところであって、したがって右立替支払も被告の委託をうけたものではなかったことが認められる。ところで、前記二において認定したように、三菱産業が作成した前記基本設計図は実測の不備により建ぺい率違反の図面として実際の用に供し得ないものであったから、結局、仮りに被告が三菱産業に設計料を支払う約束をしていたとしても、三菱産業は自己の過失により、債務の本旨に従った設計をなし得なかったのであるから、被告に現実の設計料支払義務は発生せず、従って原告の請求原因6の設計料立替金支払請求は、理由がないといわざるをえない。
五 (結論)
以上の事実によれば、原告の本訴請求は、被告の債務不履行による積極損害の金員のうち金二九万八三〇五円と、これに対する解除の日の翌日である昭和四五年七月一六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安井章)